万博ジュニアサッカースクール

北に陽を目指して「R」

2021年11月10日

背番号22 タイムアップ

「失礼しまーす!」と現役選手たちが、ピリピリとした態度で入室する北陽高校体育館の教官室には、「生存者たち」すなわち、サッカー部の歴代の3年生を最前列に撮影した額縁写真がずらりと飾られています。※筆者追記・「失礼しまーす!」の声が小さいと「あかん、声が小さい。やり直しや」ともう一度廊下に出てから入室するシーンが繰り返されました。

写真は歴史ある順に、北側の壁に2枚、東側の壁に22枚、南側の壁に13枚、計37枚掲示されており、中 でも白黒写真の傷み具合や、昔の先輩方の表情などを見てみると「やっぱりこの頃からみんなボロボロにされとったんや」と確認することができます。 額縁写真がカラーになったのは、筆者たちの時代(昭和52年撮影) からで 「おい、写真見たか。カラーになってるぞ」とカラー写真にも驚いていた時代でもありました。

 

昭和53年2月上旬、選手権が終わって約1カ月が経過し筆者たちも卒業を迎えました。3年間は、サッカーだけの高校生活でしたが、最後まで 全国高校サッカー手権で戦えたことは、今でも人生の誇りだと思っています。

卒業式終了後、「しかし、おい 卒業する最後の最後までなんでこんなに緊張するんや」と卒業生だけで野々村監督の宅にお伺いし、 野々村監督のお母さんにごあいさつと卒業の報告をさせていただきました。

 

それから早や30年という年月が流れ、筆者たちもすっかり中高年の仲間入りを果たし、今 では1日の喫煙本数や、自分たちの腹まわりや体重を気にする日々を過ごしていますが、 未だサッカーに対する情熱と闘魂の炎だけは健在です。30年という年月は、日本のサッカーを含め、時代そのものが大きく変わりました。しかし、時代が変わろうとも、進歩しようとも決して変わらない現実がグ ラウンドにあります。 いつの時代でも「絶対に勝てる試合や必ず上手くなる練習方法などは存在しない」という現実です。 選手たちにとっては、厳しい現実なのですが、 北陽高校サッカー部 は40年以上にも渡り、勝ための確立を上げて、現実に打ち勝つために技を磨き、怒りを力と情熱に変えて戦い続けてきました。時代の要請を受けた北陽高校も、平成20年度から関西大学北陽高校へと移り変わります。文武両道をより兼ね備えた関西を代表する高校として、今後とも幅広く活躍してくれると期待しています。

 

さあ、そろそろタイムアップが近づいてきました。 拙書の作成にあたり、野々村監督をはじ め、OBや関係者の方々に貴重な話をいただきました。また、筆者たちをいつでも気持ち良くグラウ ンドで迎えてくれた現役選手の皆さま方にも改めて感謝いたします。引き続き日本全国のあらゆる競技の大会で「北陽」の名が 響き渡るよう筆者たちOBは必死に応援するばかりです。

 

最後に『しんどいのは分かっとる。 自分がしんどい時は相手もしんどい時や。そのしんどい時にどれだけがんばれるか。それが勝負やないか。がんばろう思ったら、 最後は自分しかないぞ』筆者たちが叩き込まれたこの言葉を記してこの物語を終了いたします。 (了)